新米吸血鬼になったはなし

東京下町の病院に就職したわたしは、整形外科外来に配属された。月から金は朝8時半から16時まで。夕方から学校へ行くから16時過ぎたら帰らせてもらう。学校へは電車で30分ほどなので、16時20分くらいのに乗れば17時からの授業に間に合う。そして土曜は学校が無いので、夕方まで居られるからのんびりと外来で仕事ができた。

外来には母と同年代の先輩ナースが一人、隣のリハビリ室には男性二人女性一人のあわせて三人がいて、引き戸を隔ててすぐに行き来ができる。整形外科の医師は二人で、一人は医長でOさんと同い年くらい。もう一人は少し若めでこちらはよく入れ替わるらしい。でも皆さんよくかわいがってくれた。整形外科はOさんを中心にして、Oさんが一家のお母さん的存在で、毎日明るく過ぎていった。

そこで働きだして二ヶ月が経った頃、Oさんが出勤してすぐ、わたしの手を取って内科外来へ向かった。整形外科の診察の準備の途中だったけど、続きはあたしがするしなんなら遅れてもいいのだから、と。

「あんた今日は内科外来で採血の練習させてもらいなさいっ、もう話しついてるから。今日は大勢の人が採血しに来るからちょうどいいのよ」
内科外来の前は人だかりができていて、しかもみんな元気そうな男性ばかりだった。近所の会社の人で、健康診断のために大勢で来ていたのだ。その彼らの採血をさせてもらいなさい、ということだった。

すでにベテランのナースが20人ほど採血をしていた。そしてわたしを呼び寄せて顔見知りの50代くらいの人に言った。

「この子に採血させてやって?今日採血デビューなのよ」
その場にいたみんながどよめいたのを覚えてる(笑)

「今日がデビューか!いいぞ、みんな若いから血管出るし、失敗してもいいからな、あっはっは!」
目の前のおじさんは笑っていたけど、後ろで採血待ちをしている人たちは少しざわざわしていた(笑)

彼らにろくに挨拶もできないまま、採血がはじまった。ベテランナースに手ほどきを受けて、震える手で針を刺す。

「イテッ!」
無言で刺さないで、チクッとしますね~って声かけるのよ、と教えてくれた。そりゃそうだ、無言で刺したら怖い。そして患者さんに対して、ベテランナースはすかさず笑いかけた。

「痛いほうがいいのよ!(笑)」

そんな会話は聞こえていたけど反応できないくらい、目の前の腕に集中していた。どんな顔の、どんな世代の人だったか覚えてないけど、そこから昼過ぎまでの4時間ほど、ひたすら採血しまくった。血管が見えにくい方はベテランナースに見てもらい、ココがイイわよ、と。そんなこんなで、20人くらい超えたところで手技は慣れてきた。名前を呼び、腕をまくってもらい駆血したら消毒しつつ手をグーにさせながら血管を探す。見つけたらすかさずプスッ。必要なだけ血を採ったら試験管に移して注射器を処理し、消毒綿をテープでとめて次の健診へ向かってもらう。この一連の流れも慣れてきて、顔をあげる余裕も出てきた。

時々、Oさんが様子を見に来てくれた。Oさんは病院のあるところが地元だから顔見知りが多く、今日はアタシの娘がやってるのよ、よろしくね、とあちこちに声かけてくれて、やりやすいようにしてくれた。ここはこうするのよ、こういうふうに声をかけるのよ、とそばで見守ってくれていた。

「今日採血デビューなんだって?やだなー怖いなー」
「わたしも怖いんですよ(´∀`*)ウフフ」
なんて余裕も出てきたりして、この日は結局100人を超える人の採血をさせてもらった。翌日も30人ほど採血をさせてもらい、健診が終わった。このことがあってから、採血だけは得意になった。自信がついた。

地元の病院で働きだしても、ぽてりさんに採血してもらいたいって名指しされたりもした。

そういうわけだから採血には自信があって、今でも、夫の腕を駆血しては、ここから採血できる…と触ったりしてる(笑)

血管が見えている人がいると触りたくなったりもする。だけどもう何年も現役から離れているから、勘が鈍っているかもしれないなあ😝